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ときわホテルの歴史

風と共に去りぬ
ひめゆりの塔

第二次世界大戦終戦から7年の歳月を経た1952年(昭和27年)。

思い起こせば、この年にはいろいろな事がございました。
対日講和条約・日米安全保守条約が発効され連合軍総司令部(GHQ)が廃止となり、米軍所有だった羽田空港が日本に返還され東京国際空港として発足した年であり、また、第四次吉田内閣が成立した年でもありました。

オリンピック・ヘルシンキ大会に向け、戦後初参加となる日本選手団75名が、返還間もない東京国際空港から国民の夢と希望を乗せて、若者たちが遠くフィンランドの地へと旅立って行きました。

国内では、「鉄腕アトム」(手塚治虫・作)が雑誌「少年」に連載開始されました。
当時のファッション界に一大旋風を巻き起こした「君の名は」が、NHK初 のラジオドラマとして放送開始され、「風と共に去りぬ」(原作マーガレット・ミッチェル)「ひめゆりの塔」(監督・今井 正)、「生きる」(監督・黒澤 明)など不朽の名作が次々と封切りとなりました。

一方、早大事件・血のメーデー・吹田事件・大須事件等、日本各地で不穏な事件も後を絶たない時代でもございました。

割烹旅館 ときわ旅館

同じ1952年(昭和27年)の東京の事でございます。
激動の時代を背景に、戦後の爪痕が未だ残る東京都荒川区の一角、向井建設工業株式会社・事務所跡地に 『割烹旅館 ときわ旅館』 (創業者・向井角太郎)が、東京都認可の高級割烹旅館として誕生いたしました。
この割烹旅館が現在の「ときわホテル」の前身となるものでございます。

当時は未だ終戦の痛手が多く残っておりまして、開業披露目の席には「日本の高度経済成長期を象徴する戦後日本の代表的な財政家」として名高い水田三喜男氏をはじめとする、当時の政界・財界を担う多くの面々が訪れてくださり、その場だけが周りとは異なる賑わいを見せていた事を覚えております。

カラヤン広場

旅館からホテルへ

向井 角太郎・向井 朗の両名が中心となり、沢山の方々から親しまれて参りました『ときわ旅館』でありましたが、1972年(昭和47年)に向井 角太郎が他界いたしました。これが機となり、旅館からホテルへの方針転換を余儀なくされ、大改築に着工した次第でございます。 約4年に及ぶ工事の末、1976年(昭和51年)洋室・和室混在の『ときわホテル』が無事に完成を迎えることができました。

旅館からホテルに様変わりし、お越しになるお客様も様変わり致しました。
以前は割烹でございましたので、料理をお召し上がりになる方々や、様々な商談事でお越しになる方々が多ございましたが、ホテルになりましてからは、全国各 地から商売やお仕事等でお越しになる方々が多かったようでございます。 そうした中・・・あれは1986年(昭和61年)の頃でございました。

港区赤坂・六本木エリアの大規模再開発の一部にサントリーホール・東京全日空ホテル・テレビ朝日等、9つの複合ビルを有する「赤坂アークヒルズ」が誕生いたしました。
先進的高層ビル群の中に自然光と樹木をふんだんに取り入れたデザインは世界中の脚光を浴び、現代の都心再開発の先駆け的存在と巷では大変話題になっておりました。

その中でも特に際立っていたのが、サントリーホールの音響・構造設計にアドバイスを与えたヘルベルト・フォン・カラヤン氏の名に因んで付けられた“カラヤン広場”で、滝音と豊かな緑が都会のオアシスを創り出しておりました。
この“カラヤン広場”の中央に位置する、全長12m総御影石張りの大きな人工滝建設に携わった石工職人連が、当時の『ときわホテル』に投宿されておりました。
現在の『ときわホテル』の名物でもある浴場内の御影石張りは、この石工職人連たちの手により、カラヤン広場建設と同時並行で進められたのでございます。 完成の暁に、当時の親方たちは「とんでもないものを作ったもんだ」と自画自賛したエピソードが印象的でございます。

ラジウム温泉

家族経営の宿 ときわホテル

向井 芳郎・貞枝夫婦と向井 孝・あき子夫婦がホテル経営の中核となり、2000年(平成12年)には、大浴場にラジウム温泉を導入し、洋室にユニットバスの導入やコンパクト・シングルが増築されました。
更に、向井 貞枝・あき子姉妹が中心となり、2004年(平成16年)に宿泊されるお客様だけではなく、お勤めの方や近隣にお越しの方々にご利用頂ける喫茶「Deck」が開業いたしました。
 
『ときわホテル』は家族経営の宿でございます。お泊りにお越し下さる方、お風呂にお入りにお越し下さる方、お茶やお食事にお越し下さる方、そしてホテルを支えて下さる裏方の方々など、多くの皆様のご支援を賜り続けて今日を迎えることができております。
人と人が結び合うご縁を大切に育み、今後も努めて参る所存でございます。どうぞ末永いご支援ご鞭撻の程お願い申し上げます。
 
ときわホテル 代表・向井 郁子
ときわホテルは、『お客様へ感謝の気持ちを忘れずに』を創業当時からの従業員指針として日々心掛け、お客様が笑顔でご出立されることが何よりもの糧であり、また励みにしております。
私どもは、お越し下さるお客様一人ひとりが寛いで頂ける空間を提供し続けるよう努めて参ります。
今後も引き続き、ときわホテルをご愛顧下さいます様心よりお願い申し上げます。
ときわホテル 従業員一同